12/28
| 写真-1 | 写真-2 | 写真-3 |
あ〜あ、とうとう地面に落としてしまいました(写真-4)。
今回は二本植えて、二房(写真-5、-6)収穫をしました(写真-7)、それを各段ごとに切り分けます(写真-8)。
| 写真-4 | 写真-5 | 写真-6 |
| 写真-7 | 写真-8 | 写真-9 |
| 写真-10 | 写真-11 | 写真-12 |
同時に熟しても(そんなに食べられませんから)困りますので、それぞれ食 べ頃になる日をずらして外に吊しておきます(写真-13)。そうすると長く美味 なバナナを楽しめます。 |
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| 写真-13 | ||||
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| 写真-14 | 写真-15 | 写真-16 |
12/8
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〈 アドベント(待降節)に入りました。 〉 先週からアドベント(待降節)に入りました。クリスマスももう少しです。まずはおめでとうございます。 |
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| <クリスマス・リース、研究室> |
〈 沖縄、街かど情報 〉
− 沖縄らしい風景、グルメ・おもしろいお店の案内 −
小生、あちこち歩き廻ったり、飲み廻っているので、特に本土から沖縄にこられている方から尋ねられます。どこかおいしいお店は、女性と一緒に飲みに行ける所、等々です。
また少し切実なのは子供さんや御自分の体調が悪くなったとき、気軽にかかわれるホーム・ドクター(病院)などです。わからないので大病院などへ行くと、半日、下手をすると一日がかりになって、むしろ病気が悪化してしまいます。
グルメ・ガイドなども計画していますが、まずは切実なところからご紹介します。
〈 真和志支所近く、大原病院推薦します 〉
− いつでも、ニコニコして診察してくれる元気なおじいちゃん(いや失礼)先生です −
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その場所、場所に必ずと言ってよいぐらい、親しめる下町(的)のお医者さんがいます。東京に住んでいた頃は、子どもの頃から掛かっていたお医者(自宅の小石川)さんがいました。また子供が出来てからは、深夜でも日曜日でも嫌がらずに気軽にみてもらえるお医者(東中野の落合)さんがいました。 大原病院はあまり目立たず、気をつけていないと見過ごしてしまいます。しかし、雰囲気は丁度、前述した下町の病院のようで患者さん、とくに老人の方や小さな子供さんと護婦さんが顔見知りのようにとても親しげに病気の様子など話したりしています。看護婦さんの多いせいか患者さんをテキパキさばいて待たされても15分程度で診てもらえます。 |
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| <元気なおじいちゃん先生です> | ||
<下町の雰囲気> 大原病院 那覇市寄宮3-12-12 TEL 854−0211 |
<診療科目> 日曜祭日は休診日ですが、入院患者さんもおられますので、ケガの手 当てや看護士さんの緊急対応はしてもらえます。 |
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| <あまり目立たない> |
〈 この冬一番の寒さ、5日、奧(本島北部)では11.8度℃
〉
今日(12/6)は那覇でも最低気温が14.7度℃と、この冬一番の冷え込みです。
| サトウキビ(ウージ)の真っ白な穂が出ると沖縄も本格的な冬です。 |
このような寒さは沖縄では珍しいです。私は今日ハーフコートを着て、大学へ出掛けました。
沖縄で15度℃を割ると、人通りも車もぐんと減ります。またとくに一時間目の授業の出席学生が3分の2ぐらいになります。本当です。
今日の夕刊には、きっと海水温が下がり、魚が浮いているという記事がでるのではないかと思います。でもこんな寒い季節でも(?)、バナナがなるし熟すんですね。不思議です。次をお読み下さい。
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〈 バナナの実は寒い冬に完熟する 〉 平良夏芽牧師も、どうもことことに最近気づいたようで、先日も「博也さん、バナナのことは後にして今は私の説教に集中して下さい」と注意されたところです。 |
<店先に県産バナナが売っています> <ここは実は美容院です>
〈 新沖縄学の体系化にチャレンジします 〉
「新沖縄学」って何、新が付く前の「沖縄学」って何、と思われる方も多いと思います。何かと不思議と思われる方は、12月17日(土)午後1時半から、法政大学・沖縄文化研究所(法政大学:市ヶ谷校舎・ボアソナードタワー21階)で、小生が「新沖縄学序論」を報告させていただきますのでお越し下さい。
詳しくは、トップページの掲示板(これからの講演会、等の案内)をご覧下さい。
11/21
○11/18、『インターネットで開業・独立成功への道』野田アンテナ講座(注・1)、第3回目開催。福岡『開業準備講座』好評につき、来年、夏期・集中・夜間・公開講座を予定、皆様、ご期待ください。
毎月、第3金曜日「インターネットで開業・独立成功への道」(別名、まぐまぐ野田講座)、今月は福岡幸一講師による特別講義「開業準備講座」を加えて18日(’05.11)、午後6時半−9時、それに交流パーティー、9時−10時半を開催しました。
お二人の講義、改めてお聞きして、これからの沖縄でビジネスをする人、したい人、現在のビジネスをさらに成功させたい人にとって必須の内容ではないかと思います。アンケート、また掲示板でも本講座、好評です。
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<野田講座の内容とポイント> 野田さんの内容を一言で紹介すれば、沖縄に多くあるニッチ商品、また今、沖縄で話題になっている健康食品等をインターネットによって沖縄の本土から遠隔、離島というマイナス条件を払拭する販売戦略です。そしてリアル・ビジネスとeビジネスの共通点、相違を踏まえて、特にインターネットの特色を沖縄でどのように発揮させることが重要かが本講座でのポイントです。 <福岡講義の内容とポイント> 福岡さんの講義をもう少し前に聞いておけば、今、ビジネスで一時ストップしている興徳開発(陸砂開発)、レキオス航空(沖縄県民による航空会社)もどうにかなったのではないか、と(思われる程実用的な)授業でした。ビジネス・モデル(如何にして利益、キャッシュ・フローを得るか)を中心に |
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| して人・物・金・情報を如何に配分し、オペレーションするかというもので、非常に解りやすく、ポイントを絞ったもので、かつご自分のビジネス経験からのもので説得力のあるものでした。 |
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<来年の夏期(’06年8月)集中講義を予定> このようなことで来年の夏期集中、公開夜間講義でお願いをし、2講座の実施、開設準備をします。8月の夏休みを使ってそれぞれ、5日間ずつ集中で夜間(午後6時−10時半)の予定です。 |
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<両講師には無報酬、かつ旅費・宿泊費は自腹でお願いします> しかしわが沖縄大学には新しい講座を開設する費用などとても期待できません。今、開設しているアンテナ講座(まぐまぐ野田講座)、福岡特別講義もそうですが、次回も両講師には無報酬でかつ東京からの旅費・宿泊費も自腹でという大変心苦しいお願いをしなければなりません。 またこの両講師受け入れの準備、運営にもかなりの費用が掛かります。これは日本ベンチャー学会の清成先生にお願いし、またお世話等の実務は同学会沖縄研究部会(琉大・福井先生が世話人)と吉川研究室の仲宗根さん、前盛さんにお世話になることになります。誠に心苦しいことばかりで申し訳なく思っています。 |
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今回の講座参加者同士の交流パーティー、いつもは研究室となりのテラスですが、初めての試みとしてグリーン・カフェ(学食)を使わせていただきました。なかなかしゃれたオードブルがでて、皆でビールを飲みなが
<さらに民謡酒場にも行きました> パーティー終了後、福岡講師のグループは、さらに夜の12時から宜野湾でビーチパーティーがあるというので、それに直行されました。野田講師とは、まだ行ったことがない(6年近く、年120日も沖縄にかよっているのに)ということで、民謡酒場のナークニー(宮古根)にお誘いしました。
他の講座でのパーティーの時も、質問をよく受けます。パーティー無料ですが、どこかスポンサーがついているのですか。大学から援助があるのですか。今回のパーティーでも質問がありました。 <注目される各大学起業希望学生のグループ> 今回の受講生は100名近くになっていました。その中で注目していいのは、琉大と沖国大で起業(ベンチャー)希望の学生が、グループ(3〜4名の)作って参加していることです。沖大生にも働きかけてグループ化を促進します。このようなグループを言い方が悪いのですが、1本釣りして、まずパイオニアとして育てることです。そして、各大学の起業塾、アントレプナーシップの講座など具体的な動きを進めることが重要だと思います。 また、27日(日)、推薦入試(沖縄大学)の面接をしたのですがライブ・ドア(ホリエモン)、楽天(三木谷)効果でしょうか。かなりの受験生がベンチャーをしたい、起業をしたいというのを聞いて、本当のところ驚きました。テレビ、新聞などの影響の大きさを改めて認識しました。一時的なブーム、ムードで終らなければ良いのですが。 |
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○《 滝本参事官提案「今後の沖縄産業振興(案)」ぜひ、お読み下さい
》
先日、沖縄政策担当の滝本参事官が研究室に見えられ「(案)今後の沖縄産業振興」(添付)についてディスカッションしました。
正直に言って少しどうかなと思う所や、これは実現性はないのでは、というところもあります。しかし最近になく(失礼)希望の持てる、具体的な、そして実現化施策をもって政策提案です。小生は高く買います。
皆さんにもぜひご紹介したいので、滝本さんの御了解をもらって掲載させて頂きました。ぜひ沖縄産業振興に関心のある方はお読み下さい。
これに対する小生のコメントは後日にしたいと思います。
また皆さんも、滝本さんに賛否、コメント、さらなる提案などぜひ差し上げて下さい。
《 1次、2次、沖縄振興計画失敗の弁
》
取りあえず後日のコメントのバック・グラウンドとして、第1次振興計画後期から、第2次振興計画まで専門委員として沖縄振興計画に関わった者として、反省の弁をまず記してみました。
言い訳をすればいろいろあるかもしれませんが、私は率直に言って1、2,3次振興計画は計画自身が失敗した、誤っていたと思っています。それは沖縄の経済振興は観光を除いては、思ったように成長しませんでした。現に失業率、県民一人当り所得全国比、経済自立度のどれを取っても計画通りには改善されていません。この事実を見れば、失敗だったと言わざるを得ません。
その理由を私なりに、一口で言えば日本本土(追従)型経済振興モデルだということです。
地理的に離島で日本本土から孤立し一国的であるが、しかし130万人と小規模で、歴史的には産業、特に製造業集積(経験)がないという条件にも関わらず、日本本土の経済成長パターンと同じ(追従)計画論を採用、踏襲したことです。
むしろ台湾、香港、シンガポールの経済成長パターンを見本にした方が、今になれば近似性、参考になったように思われます。小生も多系的発展パターンの必要性などと言いながら、自分の生まれた土地と時代の経験からそう自由になれないのですね。これから他の国の経済協力をするときなど、肝に銘ずる必要があります(これは自分に対して言っている事です。)
以下、これは私自身の沖縄振興計画に対する反省、失敗の弁です。
また、「沖縄(地域)振興の原点と総説」もご覧いただければ幸いです。
11/11
○株式会社ネクスト沖縄セミナー開催
特別連続講演会『インターネットで独立・開業成功への道』の第3回目を来週金曜日(18日)に開催します。今回は追加講義として、潟lクストの福岡幸一代表による1時間の講義もあります(18:30-19:30)。
その前後にも宜野湾ベイサイド情報センターでセミナーを開催されるとのことです。詳細は同社HPをご覧ください。
http://www.next-consulting.co.jp/index2.html
11/8
核兵器に殺されるよりも、
核兵器に反対して殺されるほうを、
わたしは選ぶ。
宇都宮徳馬
日米安保体制と国内政治プロセスの矛盾を沖縄の犠牲で ‘05.11.23(追加)
現に那覇に住んでいる私たちにはわずか40〜50km先の沖縄本島中部の普天間、嘉手納基地ですら、爆音などの直接の被害がないので、そう切実には問題が実感できない。
国内のプロセスと国際的なプロセスは矛盾しがちである。そこで私が関連する分野での外交問題で例を挙げて説明してみたい。
| 彼とは中学時代からの蝶の採集仲間で、それこそ全国を一緒に旅行しました。実は私は一時(高山)蝶の亜種の分類を専門にしようかと思い、大学もその方面に進もうかと思っていたぐらい凝っていました。 この日は一日空けて、まず市内某所(秘密です!ご希望の方にはこっそりお教えしても良いです)にツマベニチョウ、オオゴマダラ、イシガキチョウ、リュウキュウアサギマダラ、リュウキュウミスジ、等々を見に案内しました。写真を撮りましたが、とうとう我慢できなくなり、ついにツマベニチョウを一頭取り、記念に持って帰ってもらいました。ツマベニチョウと記念写真(?)を撮りましたが、動きが素早くなかなかいい写真(みんな手ブレでした)が撮れず掲載できないのが残念ですが、翅先の紅がきれいでした。 |
たまたま先月、写真が出てきたのですが、日本鱗翅学会設立(?)の際の写真ではないかと思います。磯貝氏も私も確か大学一年生か浪人中ではなかったかと思います。場所も年度も不明です。しかし須田(孫七氏の方です)氏や白水(しろうず)先生が大分お若いので、40年以上前だと思います。
◆'06年1/10追加
○年末に磯貝氏が今回の採集品を展翅しているからといって、写真を送ってきました。下記写真の真ん中の列の一番上がツマベニチョウのオス、そして一つ(シロオビアゲハ)置いてツマベニチョウの雌です。
10/27
〇米国の民主主義の本質見たり
今朝の新聞に出ていますが、本土政府の一方的な辺野古の米軍基地の新提案(決定)について、一度、改めてこのHPで問題点など書こうと思っています。
米国の(そして日本も)民主主義は自国のそれもマジョリティーのものだけであって、自国外のイラクも沖縄(日本)に対しても、また緊急時(ハリケーンの時)は自国民であってマイノリティーには適用されないという甚だ自分勝手なものです。米国、そして日本政府(小泉首相)の本質を見たというところですね。
むしろ本質を見せたので戦いやすいし、全国の皆様、特に若い皆さん、基地建設が再開されたら結集しましょう。いろいろお世話をさせていただきます。私がお世話できる拠点の連絡先を以下に記します。ご連絡いただければ伝道所を通じて現地(ヘリ基地協議会)へ連絡いたします。
うふざと伝道所HP
また、もし仮に決定しても、今回も皆で体を張ってでも必ず阻止します。私は秘策も考慮中です。
○特別連続講演会『インターネットで独立・開業成功への道』の2回目開催
| 9月より来年3まで、第3金曜日の夜間 「インターネットで独立・開業成功への道」を開催しています。10月21日、第2回目を開催しましたが、写真のように多くの方々が参加されました。日常の仕事を終えられて、熱心に聴講される姿を見ると本当に頭が下がります。 |
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参加者のアンケートを整理したところ起業希望者が多く、野田講座にさらに、例えば「開業・開店準備」講座などを追加講義に加えることにしました。 |
10/19
○10月15日(土)、16日(日)
『日本ベンチャー学会、第8回全国大会、出席』
昨年は学部長をしていた関係で直前に用事が出来、出席できませんでした。今回は無事出席することができました。統一テーマは「大学発ベンチャーの光と影」で早稲田大学国際会議場において15日、16日に開催されました。
実家からバスで15分という近さで、会場の早稲田に開始の1時間も前に着き、学内を散歩しました。キンモクセイの花の香りがして、東京はもう秋でした。
沖縄大学と異なり大きなキャンパス、数多くの校舎など久しぶりにいかにも大学に来たという感じがしました。
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また「沖縄ベンチャー研究部会」の報告(報告者は沖縄企業家ネットワーク・代表、北嶋さん、また世話人の琉球大学・福井先生)をしました。さて、いろいろな興味のある、刺激的ないくつかの発表がありました。その中で大きなショックを受け、さっそく大学(ゼミ)で取入れようと思った発表がありました。その取り組みは中学・高校の起業家教育ですが、これを次に御紹介します。 大学1年生で実施すると、それ以降の学習のモチベーションになるのでは(!)と強く思いました。 |
《 中・高の起業家教育 》
岡山県立岡山東商業高等高校 商業科の試みを紹介。
商業科目「課題研究」の「アントレプナー講座」で社長選任 → 会社起業 → 商品開発 → 商品生産 → 商品販売 → 事業報告会の会社経営一連の流れを4月〜12月の9カ月で実施した。製造部長・営業部長を中心にわずかな資本金(10万円)でデザイン(創り出し)、商品化させ、」販売を目的に正式な会社登記はしていないが、会社設立に必要な書類を作成し、4月末に模擬株式会社を設立しスタート。インターナネットや会社訪問で調べた健康志向の高まり顧客を絞り込む必要性などを協議した。また時にはメンターから意見を聞くなどして、既存の飴菓子、キャンディーを参考にオリジナル飴菓子を開発、販売した。販売先は地元商店会連合会とタイアップしイベント販売に挑戦し、商店街の活性化を試みた。
さっそく私も勉強して来年から1年生の「問題発見ゼミ」で実施してみようと思っています。いろいろな動機付けをするより、会社を作ってビジネスをさせてみる。そうすると何故、大学で経営を勉強しなければならないのか。自分にとってどのような経営学の勉強が今後、必要なのかという、実感のある「カスタム・メード」のカリキュラムを組むことが出来るようになると思います。
《 情報を御提供ください、一緒にやってみませんか》
中・高の商学科のカリキュラム等について、これまであまり興味を持っていなかったので情報を持っていません。この方面にお詳しい方、情報を御提供頂ければ幸いです。よろしくお願いします。
また、おもしろそうだから、授業やゼミに取入れようという方がおられたら一緒にやってみませんか。御連絡下さい。
10月14日(金)
新宿野村ビルで『沖縄だからメジャーに勝てるビジネス・モデル〜沖縄に訪れた100年に一度のチャンス〜』を10月14日(金)午後1時〜3時に講演しました。
講演の様子や詳細は(株)ネクストのホームページをご覧ください。またその開催の趣旨については、沖縄タイムスの15日(土)の朝刊にまとめられています。
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会場で35年?ぶりに石塚さんとお会いしました》
この講演を東京存在の知人の方々へ、メールでお知らせをしました。また小生のホームページにも掲載しました。 会場で石塚さんとお会いしました。石塚とは35年前に一ツ橋、商学部の宮川研究室で1年間、御一緒しました。その後、1、2度はお会いしたことはありますが、本格的にお会いするのは30年ぶりぐらいです。 |
《 沖縄(地域)振興の原点 》
最近、私の講演の内容はベンチャー、起業論です。この原点となっている沖縄(地域)振興のそもそも論、自立論、計画論を若い方に理論、お読みいただければ幸いかと思います。私はこれを踏まえて沖縄ベンチャー論を展開しています。
ということで私の主張(沖縄の振興・総論編)に追加しました。
9/21
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○9月16日(金) 今、沖縄のビジネス・ニーズはどこにあるか ベンチャー公開講座連続講座『インターネットで独立・開業成功への道』がスタートしました。この募集の過程、PRチャネル <当初の応募者、わずか15名> ベンチャー公開講座は1996年よりスタートしていますが、参加者の募集の方法は、いろいろな試みをしました。その結果、5、6年前から恒例となっているのが日本経済新聞へのチラシの折込によるPRです。これは私が考案したもので、コスト・パフォーマンスは他の方法と比較してかなりよい値です。 最近では6月に開催したサイバーファームの半田貞治郎社長の『沖縄振興のグランド・デザインと自立戦略 −新流通ビジネス、新観光サービス、沖縄パイロット事業−』、7月はジャスダックの藤野三紀雄東アジア主席代表の『ベンチャー企業の株式上場とナスダック株式市場−沖縄企業・株式公開の勧め−』、いずれも好評で多くの参加者を得ました。両者と日経折込みによるPRで、このところベンチャー公開講座の募集は、この方法に頼り切っていました。そこで今回も本島内6000部の日経新聞の折込を行い、参加者の募集活動については安心していました。 |
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| 潟Tイバーファーム、半田貞次郎社長講演会 | ナスダック、藤野三紀雄東アジア主席代表講演会 | |
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ところがです、8月下旬になってもあまり反応がなく、参加人数が15、6名です。これでは全面的なご好意、ボランタリーで本講座にご協力いただく鰍ワぐまぐの野田事業開発室長、大川社長に申し訳ありません。少なくとも3〜40人の参加者を集めなければと、ショックというか慌てました。 <私が必要と感じるテーマは、沖縄の多くの人々も?> というのは、これまでベンチャー公開講座を続けてきましたが、そのテーマ、内容は私自身がこれから学びたいこと、学ばねばならないことを取り上げました。そうすると必ず多くの人々の参加も得られました。 <PR、募集チャネル選択の誤り> |
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また8月上旬に県の産業振興公社のHP内にある「ベンチャー・スタジオ」のメール・マガジンに本講座のことが紹介されました。さらにお願いして9月8日発行の同公社公式メール・マガジンにも掲載していただきました。 皆さん、特に若い方には当たり前かも知れませんが、04年4月には携帯電話の契約者が8200万、そしてネット接続型携帯電話が7000万を超え、そして郵送等に比べるとコスト、手間が100分の1というネット環境の中で、大学の講座の募集においても「メール・マーケティング」が重要です。これを手掛かり、いろいろ実験にしてビジネスにおける「メール・マーケティング」を学ぼうと思います。そして何よりも、このような通信・情報環境の激変の中でビジネス・モデル概念の変化、ビジネスの背景、構造、影響の変化を見極めたい。それも沖縄という地域特性も踏まえた一般論を考えて見たいと思います。 |
![]() 鰍ワぐまぐ、野田事業開発室長 連続講座 |
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〇泡瀬シンポ裏方、目崎先生と15年ぶりに再会 |
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シンポジウム『アワセてみよう、干潟の自然とまちづくり』(主催:財・日本自然保護協会、財・WWFジャパン、財・日本野鳥の会)が、9月17日(土)午後1時からうるま市芸術劇場で開催され、その裏方を泡瀬干潟を守る連絡会が担当しました。家族で参加しました。 これは「泡瀬干潟自然環境調査委員会」(財・日本自然保護協会)が2年間にわたって実施してきた調査報告を兼ねて開かれたものです。このシンポジウムの内容そのものについては琉球新報、沖縄タイムスの地元新聞でも報道されているので、ここでは省略します。今回のシンポジウムを踏まえて私なりの提案を改めて示してみたいと思っています。 |
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| さて調査委員会の調査結果を分かりやすく、報告書<普及版>としてまとめて無料配布しています。ご希望の方は( http://www.nacsj.or.jp )にお問い合わせください。表紙と目次を紹介させていただきます。 | ||
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また、懇親会では調査委員長を務めた目崎先生(現・南山大学)と15年ぶりにお会いし、そして夜になると飲みました。本当に懐かしかったです。 20年前、目崎先生が琉大の頃、教育大(現・筑波大)出身ということと、また当時、沖縄の環境研究という二人のテーマが重なっていたということもあって、昼間は議論し、時にはいや毎回、激論になりました。そして夜になると那覇市内でよく飲み歩きました。 コザで夜を過ごすのも、近頃ないので久しぶりですので「姫(民謡酒場)」で我如子より子さんの女工節、娘ジントーヨーを聞いてから、帰宅しました。 |
9/7
◆ 沖縄大学院 現代沖縄研究科地域経営学専攻の試験科目、日程(10月23日・月曜日)が決定しま
したのでお知らせします。
社会人の方が受講しやすいように、講義は5限(午後4時20分−5時50分)、6限(午後6時30分−8時)に設定してあります。
また受験科目の語学(英語または中国語)は免除されます。なお出願は10月7日・金曜日です。
◆ 沖縄大学専任教員を公募しています。
経営学総論、経営戦略を担当する教授、助教授、講師を公募します。応募締め切りは10月20日・木曜日です。お知り合いの方でご推薦いただける方がおられましたら、よろしくお願いします。なお原則として年齢は50歳未満(採用時)です。
小生の「経営戦略論」、日々リニューアルしているつもりですが、マンネリ化は避けられません。
最新理論(IT経営、ビジネス・ソリューション、等)と新分野(IPO、M&A、等)をマスターした元気のよい若い人か、実践経験の豊富な中堅の方がパートナー、仲間になっていただけるといいなと思っています。
・聖クララ修道院で修養会
−日本モダニズム建築−
・泡瀬干潟調査に参加
少し夏休みらしい話題をHPに掲載し、皆さんの息抜きになればと存じます。
夏休み(沖縄の大学では8月、9月です)前半の私の宿泊行事(?)が上記の2つです。
| ◆聖クララ修道院で修養会 −ぜひ一度、見学をお勧めします− |
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![]() 米軍住宅にとても似ている |
![]() 沖縄特有の花ブロック(礼拝堂) |
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私が所属している「うふざと(大里)伝道所」の修養会が8月21(日)、22(月)にあり、我が家が3名、全員で12名が参加しました。 修養会の内容そのものについては、皆さんあまり興味がないと思いますので旧約聖書、創世記37−50章(ヨセフ物語といわれる部分です)についての読書会で、大変有意義でしたとのみ簡単にお知らせします。 |
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![]() 与那原の海を一望する礼拝堂(朝日に輝くステンドグラス) |
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<まさに沖縄モダニズム建築> |
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| この聖クララ修道院はまさに沖縄といわず日本モダニズム建築(1920-60年代)といってもよいのではないでしょうか。なにもタウトとレーモンドだけが日本モダニズム建築ではないですね。沖縄で戦後ようやく落着いた時代で、入手できる建築材料(主として米軍住宅材料と花ブロックなど)建築技術をフルに活用して、当時の時代主張(モダニズム)を建築で表現しています。 まずこの建築物の第一印象は、修道院と礼拝堂をつなぐ回廊が米軍住宅(外観と構造)にとても似ていることです。そしてこの礼拝堂と修道院が与那原の海を一望できる丘の上にあり、特に礼拝堂から臨む海の一体化した景色の素晴らしさです。 |
礼拝堂内部、素朴だが美しいステンドグラス |
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![]() ゆったりした、ホッとするプロポーションとスケール感 −修道院、礼拝堂をつなぐ回廊と中庭− |
また修道院、礼拝堂、これをつなぐ回廊と中庭のゆったりした、ホッとするようなプロポーションとスケール感が心地よい。 <当時の沖縄のモダニズムとは、時代主張、憧れのアメリカ文化>戦後、しばらしくして沖縄に建築材も施工技術もあまりなかった制約の中で、スラブ打ちとブロックによって工夫して作られたと思われます。建物のディテールに関してあまり密度は感じられませんが、それが却って素朴さ、そして何よりも全体に漂う清楚感です。 宿泊した部屋も、狭いけれどもそれがむしろ落着き、畳敷きのベッドもまたよかった。久しぶりに冷房なしで、扇風機で一夜を過ごしましたが、むしろ心地よかったです。 |
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| 狭くても落着く個室 −久しぶりにクーラーなしで寝ました− |
修養会も熱心にまじめにしました! |
食事もシスター達の手作りで、 心のこもったものでした。 |
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| ここの写真を研究室のメンバーの一人(30代半ばぐらいです)が見て「昔(この建物が建てられたころだと思いますが)を思い出して胸がドキドキする」と、〈礼拝堂〉ではなく、〈米軍住宅にとても似ている〉方の写真を指して言っていました。なるほどモダニズムという意味、メタファーは、その地域、その時代に固有のもので、いわば時代主張なのだなぁーと、一人で合点をしました。当時の沖縄のモダニズム(建築)、憧れはきっとアメリカ(生活)文化で、それを象徴する米軍住宅だったのですね。 帰宅後、聖クララ修道院について調べて分かったことを付記しておきます。 1958年の竣工で、設計は在日米陸軍技術部建設部に勤務していた京都出身の片岡献氏。アメリカのSOM極東地区の指導を仰ぎながら設計したようです。なるほど米軍住宅に似ている理由が分かりました。 |
![]() ぜひ一度、沖縄モダニズム建築の見学をおすすめします |
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| 最近この建築物が沖縄の戦後初期のコンクリート建築として、また日本モダニズム建築として評価が高まっているようです。 沖縄在住の方はぜひ一度、見学されると良いと思います。 |
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<沖縄モダニズム建築探し、ご一緒にしませんか>
この聖クララ修道院の設計、施工等に関係された方がいらっしゃいましたら、当時のことをいろいろお聞きしたいので、メール、電話、等でぜひ、ご連絡いただければ幸いです。
今度、これを機会に時間を見つけて、このHPで沖縄のモダニズム建築30とか50を少しづつシリーズで紹介させていただこうと思っています。対象は、戦前の建築は残っているのはほとんどないので、戦後から1960年の前半までかと思っています。
ご興味のある方、ご一緒にしませんか。
※ 私がアーキテクチャーに関わったことがあるのは、つぎのものです。ご参照ください。
・これは私がデザインしたマンションのファサード(外構部)です。
・(共著)「21世紀の日本、その国土と国民生活の未来像(丹下グループ)」新建築社1972年。
このホームページで幾度か掲載しましたが、この夏は「泡瀬干潟を守る連絡会」のホームページの再構築(awase.net)に取り組んでいます。
泡瀬干潟には単発的に幾度か行っていますが、このためにはもう一度、改めて全体を通してというか、体系的に干潟を観る必要性を感じました。
民宿に2、3泊して調査をしようとして、それこそ水着で干潟まで歩いていける民宿を探したのですが、車で行かなければならないような場所しかありませんでした。そこで那覇の自宅からは、干潟まで高速道路を利用すれば一時間ですので、日帰りで泡瀬干潟に通うことにしました。
まず、8月20日(土)に連絡会の前川事務局長に陸地側から案内していただきました。丁度、大潮の干潮時に合わせたので、広い範囲を歩き回ることができました。
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また、8月23日(火)は連絡会がベントス(貝類保全研究会)調査のお世話するため船を出しました。それに便乗させてもらって、海側からと海中(といってもスキン・ダイビングですが)をかなり広く見ることができました。この両日の体験を併せて、説明してみました。
《 泡瀬干潟はまさに小宇宙 》
これまで泡瀬干潟を部分的には見て、知ってはいましたが、全体を通して強く感じたのは、次の点です。
泡瀬干潟は(中城湾の)湾奧に位置し、リーフ・フラットに守られて一つの小宇宙(うまく表現できませんが、尾瀬沼のような高層湿原や例えば北アルプスの「雲ノ平」、のような高山の「平」のようないろいろな異なった生態系がワンセットになって、かつ周辺から独立している感じです)を作っている所です。
そしてその小宇宙は多様で熱帯の干潟のいろいろな、いやあらゆるタイプが見られるいわば生きている博物館、教科書、見本市のようです。

泡瀬干潟と埋立予定地
私もインドネシアのジャカルタ近郊のジャワ海に隣接する(興味のある方はクリックしてみて下さいCengkareng)チェンカレン(JICAプロジェクト)やタイ各地(アジア工科大学院滞在中)の干潟の調査をした経験があります。それらの各タイプの干潟がここではワンセットで見られます。
そしてあたりまえですが、干潟と湿地、浅海はワンセットではじめて生態系を形成していることを、ここ泡瀬では絵に描いたように見ることが出来ます。久しぶりにオダムの生態学の教科書の図が頭に浮んで、学生時代にもどった気分になりました。
前述したあらゆるタイプの干潟と表現したのは泥、礫、砂、海草藻場そしてラグーン(珊瑚)が隣り合って入り組んで(パッチ状に、とでも表現)、それぞれが個性的環境(ということは種相が異なるということを今回、改めて実感しました)で、さらにこれらが組合わさって生態系を形成しているのです。
《 では泡瀬干潟をご案内しましょう 》
では皆さんと、少しこの泡瀬干潟を廻ってみましょう。少年、少女の頃、湿原や磯、干潟を歩いた時のあの楽しかったことを思い出して下さい。
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まず、この干潟で一番、内湾的要素が強いというか、淡水(的な)湿地帯からスタートしましょう。 図の12の仮設橋梁と@の比屋根湿地といわれるころです。 12のところの仮設橋梁の上流というか、少し上の方に湧泉があり、これが淡水の湿地、池を作っています。ここはカワツルモのような水草が生息しています。 |
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| 淡水の池、湿地(図12) | カワツルモ(図12) |
また、比屋根湿地は、夏のこの時期はあまり見られませんが、冬はここを中心にこの干潟一帯は、沖縄で最大の渡り鳥の中継地・越冬地になります。
次に隣の図Nのトカゲハゼ、Fクビレミドロの地点へ行ってみましょう。これらは底質が泥(シルト、粘土分)でできているところです。トカゲハゼの生息地としてはここが世界の北限(日本ではこの中城湾のみに生息しています)だそうです。
個体数も激減しているそうで、残念ながら今回は見ることが出来ませんでした
![]() 比屋根湿地、沖縄最大の渡り鳥の中継地(図@) |
![]() トカゲハゼの生息地(図N) 後に米軍泡瀬通信基地の通信塔が見える |
![]() クビレミドロの卵の流出を防いでいる小型海草(図F) |
クビレミドロは砂質に生息する、直径3cmほどの房状の海藻で、簡単に表現するとフジマリモ(阿寒湖ではなく、河口湖、山中湖にある)をうんと小さくしたようなものです。藻自体は6月には枯死流失しますが、今の夏季は受精卵で夏(休)眠することで高水温を耐えています。ということで今は、肉眼では見ることができません。
![]() コメツキガニの食事の跡(図O) |
さらにOのコメツキガニの浜から砂州まで行ってみましょう。 この間は白い砂浜が海流で運ばれ砂洲を作っています。このようなところにあの愛嬌のあるミナミコメツキガニが穴を作っています。そしてエサをこし吐き出した団子状の砂の固まりがあちこちに出来ています。
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ヒメマツミドリイシの群生(小橋川共男氏撮影) |
さらに、その先(西側)の航路予定地から、Lの西防波堤を、今度は船でアプローチして、潜ってみてみましょう。この一帯は多くの大型海藻、リュウキュウスガモ、リュウキュウアマモ、ボウバアマモが見られます。 そしてこれらが泡瀬干潟の特色のひとつと思われますが、枝サンゴ(ヒメマツシドリイシ、スギソキミドリイシなど)と海草が混生している景観です。私はこれまでハマサンゴのようにさんご礁の状態はよく海中でみましたが、私の経験が少ないせいか海草と混生しているのはあまりみたことがありません。これが広く拡がっているのを見るのはなかなか壮観です。 |
![]() 海草の手植えの悲惨な状況(前川盛治氏撮影) |
その続きでLの西防波堤の近くで行われている海草の手植えによる移植状況を見ました。埋立て事業者は「成功した」としていますが、所々は着生していますが、大部分は悲惨な状況です。このことについては連絡会のHPでも詳しく論じています。 |
![]() 神秘的なウミエラ(小橋川共男氏撮影) |
また、この近くで幸運にもウミエラを見ることができました。本当に神秘的でしたが、これも今、絶滅が危惧されています。 さて泡瀬干潟(小宇宙)の紹介はまだまだ続きますが、今回はこの辺にして、後は「連絡会」のHP(awase.net)をご覧下さい。 |
![]() 邪魔をする監視船 |
《 総合事務局チャーターの監視船が邪魔を 》 浚渫土砂埋立て用の護岸の作業付近、といってもかなり離れたところでベントスの調査をしていると、さっそく監視船が近づいてきて調査の邪魔に入ってきた。 |
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《 沖縄の夏の紫外線対策は万全に 》 写真でご覧下さい。これは私の足です。 今回の調査に当たって紫外線対策用にUVカットの水着を購入しました。上半身は長袖で全身をカバーするものがあったのですが、下半身の方は足の指先まで入る、股引のようなカバーするものもあったのですが、少し年寄りっぽいのでやめにしました。そこで若者向けのサーファー用のかっこよい膝までカバーするものにしました。 |
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<お知らせ>
今回からHP更新は吉川研究室のスタッフ、仲宗根さんと前盛さんによるものです。
これまでは千葉さん(元・レキオス航空)に担当してもらっていましたが、なかなか自分の専門を生かせる職場がなく、本土に引き揚げました。そういえばウェブ・デザイナー大隈さんも半月前に本土に帰りました。同じ理由からです、残念です。沖縄でいろいろな専門が生かせる職場を作り、若い人々が暮らせるようにするのが私たちの使命だと思います。
8月15日(月)
◆追記しました。
→インターネット時代の環境・住民活動モデル(わらしべ長者の隠喩)
→暑中見舞いにかえて、提案(第2報を追記)
8月11日(木)
猛暑厳しい中、皆様にはお元気のことと存じます。
大学の方は明日(12日・金)の全学教授会が終わると本格的な夏休みに入ります。
後期は10月に再スタートしますので、この一ヵ月半は授業がありませんので、この期間を利用して新しいことを勉強し、チャレンジしてみたいと思っています。
◆e-ビジネスを具体的に学ぶ
e-ビジネスについては私なりにいろいろ勉強し、これを沖縄産業・企業の振興にどう活用するか(沖縄型ビジネス・モデルの沖縄型BM<理論編>4.IT、デジタル化によるベンチャー・ビジネスの可能性など)を提案してきました。しかし具体的なビジネスでどのようにして利益を上げるか、そのポイント、等をもう少し体験も含めて勉強してみたいと思っています。
またe-コミュニティーでB及びCのインタラクションによる物づくりの可能性にもチャレンジしてみたいと思っています。前掲しましたように9月より半年間、月一回、鰍ワぐまぐの大川社長、野田事業開発室長の協力を得て連続公開講演会を開催します。
面白い講座(無料です)にしようと思っていますし、月一回ですので、ぜひ皆様もご参加ください。
◆インターネット時代の環境・住民活動モデル
−わらしべ長者型住民活動モデル−
沖縄で最大で、貴重な泡瀬干潟埋立ての工事が再開されました。
何としても工事を阻止し、中断に持ちこまなければなりません。インターネット時代における新しい住民活動モデルを模索しています。
まず沖縄、全国に実態を知ってもらうために「泡瀬干潟入門から専門家への情報提供まで」というホームページの再構築に取り組み始めました。出来れば8、9月中に完成していみたいと思っています。
またそのためにも泡瀬干潟を良く知るために8月下旬、5日間ばかり民宿に泊り込みし、海の中を歩きまわろうと計画しています。
そして、このホームページをプラットホームにした「わらしべ長者型住民活動モデル」を構想しています。それは長者になる、これは自己実現を意味しているわけで、例えば泡瀬干潟の保全です。自己実現をするために、わらしべ(あぶ)から始まって、屋敷と田んぼを入手するまで、皆が持っているいろいろな物を交換しながら目的を達成していくというものです。これはいろいろな人が持っている才能、また物と時間を出し合い交換過程(それぞれがより満足度を高める)を経て目的を達成しようというものです。
追記(’05.8.15)
わらしべ長者、わらしべ(あぶ)から始まってという部分について、これは何なのですか、どういう話しですか、またどのようなメタファー(隠喩)か、という質問が幾つか寄せられました。
そういえば「わらしべ長者」というのは大和の昔話(『今昔物語集』『宇治拾遣物語』に収録されている)でした。少し長い引用ですが下河辺淳、金子郁容編『ボランタリー経済の誕生』(実業之日本社、1998年)pp.388〜389に、本稿と同様な趣旨で紹介していますので、引用しておきます。
『身寄りのない貧しい男が長谷観音のお告げで、「最初につかんだものをずっと大事にしなさい」といわれる。男は目がさめたとたんに門でころび、藁(わら)をつかむ。しかたなくその藁をもっていると顔にアブがまとわりつく。男はアブを藁に縛りつけそれを回しながら歩いているうち、それを見た若者はあの回っている藁がほしいという。しかたなく蜜柑三つととりかえてもらいしばらく進む内に、今度は女房が歩き疲れてしゃがみこんでいる。供の者が「このへんに水はないか」と聞くので、近くにはないが水をくんでくるあいだ蜜柑を食べていてくれと男はいう。女房はその蜜柑で喉をうるおわせて感動し、男はお礼に布三疋をもらう。
次に男が出会ったのは馬を所持している者である。この者はすばらしい馬をもっていてこれを都で布千疋に換えようと思っていたのだが、その馬が急に倒れ、やむなく別の駄馬を引いていた。男は話しを聞き、布を提供して代わりに馬をもらう。馬を引きながらそのうち都の入口にたどりつくと、ある家から急いで旅立つ者があり、馬をほしがられる。男が馬を渡すと、その者は自分はよんどころない急用でこれから家をあけるのだが、よかったらこの稲田を守っていてほしいといわれる。そこで男はその家に留守居をし、稲田を耕し、一年づつ収穫を得ているのだが、その者からはいっこうに音沙汰がない。こうして男はついに家持ち稲田持ちとなり、丹精こめた稲の収穫も格段のものになっていった。そこで人よんでこの男を「わらしべ長者」というようになった。』
そしてこの昔話を「男が無一文の出発点として自分の手元にあるものを偶然に出会った者たちと次々に交換していく方法は、一見、プリミティブであるように見えて、実は大変ラディカルなもの」と位置付けて、つぎのような示唆が隠されていると指摘している。
・著者らが提唱している自発的相互性(Voluntary mutuality)を基本にしている。ボランタリーという言葉は自身から「相互関係を求める自発性」という意味である。
・この物語は、フラジャル(吉川注:fragility、弱さ)な出発点は必ずしも貧弱を意味しないことを訴えている。最初の<弱さ>は以降の「つながり」によって、「実り」になり得ることだった。
・この物語では藁しべ(わらしべ)にはアブを結んで遊ぶものとして、蜜柑は旅人の乾きを癒すものとして、見えない価値が生きていた。男が交換したのは藁と蜜柑ではなく、実は「遊び」と「癒し」という互いに求め合っている価値だった。
そしてこれは、当事者が持ち合わせているものをその場その場で判断した結果で、物品の背後の情報価値だった。これは各自が<ボランタリー・コモンズ>(吉川注:「インターネット+伝統的共同体」というイメージ)の各場面において、それぞれの「持ち前」を生かすという方法なのである。
また現実的な意味でも、NPOの国民経済への影響は、すでに無視できないほど大きくなっています。手許の資料(2002年発表)ですと、NPも先進国アメリカではNPOのGDP比率は8.3%、雇用比率は11.9%、日本はGDP比率が5.0%、雇用比率が4.6%です。
◆沖縄でお待ちしています
この夏休みはほぼ沖縄、大学、泡瀬に滞在しています。本土の皆様が沖縄にいらっしゃるのをお待ちしています。ご連絡ください。
また8月下旬には筑波新線が開通しますので、9月中〜下旬に一度、筑波にも行こうと思っています。卒業生の皆様、お会いしましょう。
8月2日(火)
○ 暑中お見舞いにかえて、提案
『沖縄(産)物販、健食などにかげりが出てきました、その対策と提案』
−沖縄ファンと一緒に商品開発システムサイトの構築−
沖縄型(顧客指向型)生産システムの提案
ビジネス・プラットフォーム「沖縄コミュニティーサイト」
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日本の従来型 沖縄型 |
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製品・サービス開発 |
売り手、生産者 → 買い手 |
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価格 |
生産者 → 買い手、マーケット |
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生産開始 |
販売前 → 販売後 |
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価値 |
製品 → サービス |
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経営戦略・資源 |
立地場所 → 顧客情報 |
○沖縄ハム総合食品株式会社 長濱会長が、7月29日、地元両新聞社に意見広告を出しました。
私が沖縄に定住することになった直接のきっかけは、長濱さんが本部町長の時でした(このことは別に改めて述べることにします)。長濱さんの『豚肉の差額関税及び研究輸入制限に対する意見書』に賛同し、掲載させていただきます。
7月26日(火)
○恒例ともなりましたが、夏休みの沖大ベンチャー公開講座「特別講演会・ベンチャー起業の株式上場とナスダック株式市場」(8月5日・金、午後7時)を企画しました。ご案内させていただきます。
講師を務めていただく藤野さんとは10年来の友人で、ベンチャー・キャピタル(キャピタリスト)として幾度かアドバイス、支援していただいたことがあります。
最近はご多忙でなかなかお会いできる機会がなく、久しぶりにお会い(飲む)できるのを楽しみにしています。
また、9月から半年間、添付のような「連続講演会・インターネットで独立、開業成功への道(6回)」を企画しました。
沖縄の物産、企業に詳しく、本土への物産販売を専門にしている野田さんを講師にして「沖縄物産販売のウェブサイトの入門から立ち上げ(ビジネス・スタート)」までを開催します。
野田さんを一口で紹介すると「沖縄滞在120日、沖縄大好き」「沖縄支援ビジネス」「沖縄の商品を売りたい人は野田へ」がキャッチフレーズです。
特別講演会、等は今、沖縄で必要なテーマを中心に企画していますが、実は私自身が聞きたいテーマでもあります。私が聞きたいテーマの専門家をお招きし、講演をしていただくと同時に、その前後でプライベートなことも含めて、いろいろお聞きすることができます。まさに一石二鳥でもあるわけです。
7月15日(金)
5月23日(月)−6月19日(日)
この間もいろいろありましたが、「泡瀬干潟を守る連絡会」のホームページの再構築を自ら引受け、それをいろいろ構想して自分のホームページ更新の時間がほとんど取れませんでした。
そこで今回は、ごく簡単に要点のみ書くことにしました。
また今回、守る連絡会のホームページ再構築に関わって、改めて守る連絡会の活動内容、また、ホームページ作成ノウハウ、等勉強させてもらいました。
6月18日(土)
○『沖縄大学・大学院特別公開講座』で「沖縄の可能性を変える地域経営専攻」を講義しました。
6月14日(火)
○「沖大法経学部紀要第5号」が刷り上がりました。なお、形式的には発行日は3月31(火)ですが、実際は今日です。
拙稿はつぎのようなものです。英